2026年1月27日(火)大分合同新聞「灯」に『日本版シルクロード計画』と題した こうじ屋ウーマン 浅利妙峰のコラムが掲載されました。
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第2次世界大戦の終結後、歴史の荒波に翻弄された人々がいた。旧ソ連軍によって捕虜となった約60万人の日本軍人・民間人は、シベリアや中央アジアへと強制連行された。
私の父も極寒のシベリアでつらい生活を余儀なくされたが、中央アジアには、カザフスタンに約5万9千人、ウズベキスタンに約2万5千人もの人々が送り込まれた。
彼らを待ち受けていたのは、マイナス40度を下回る大地と、飢え、そして過酷な労働だった。鉄道建設、炭鉱労働、ダムや劇場の建設。多くの戦友たちが志半ばで倒れ、現地の土となったが、この絶望的な状況下でも、どんなに苦しくとも手を抜かず、寸分の狂いもなく石を積み、道を開き、建物を造り上げた。そして、彼らの「誠実な仕事ぶり」を、現地の人々は黙って見ていた。
ウズベキスタンの首都タシケントに建つ「ナボイ劇場」は、日本人抑留者が建設に加わった。1966年のタシケント大地震で周囲の建物が倒壊する中、この劇場は無傷で残り、「日本人の仕事は完璧だ」と、現地の親日感情の決定的な土台となっている。
2025年12月、日本と中央アジア5か国による初の首脳会合が日本で開催された。「日本版シルクロード計画」新たなパートナーシップは、相手国の自立を重んじ、単なる経済利害を超えた、歴史的な「信頼の蓄積」によって結ばれた。
(こうじ屋ウーマン・佐伯市)

