2025年8月15日(金)大分合同新聞「灯」に『たまや、かぎや、夜空に咲く 花火』と題した こうじ屋ウーマン 浅利妙峰のコラムが掲載されました。
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花火大会の起源は、享保18(1733)年、8代将軍・徳川吉宗公の時代にさかのぼる。前年の大飢饉と疫病により、多くの命が失われた。命を落とした人々への鎮魂と、江戸の復興を願って、隅田川で最初の花火大会が催された。大空に咲く花火は、供養と同時に、人々に「生きよ」というメッセージを伝えた。花火は、娯楽だけでなく、人の心に寄り添い、思いを天へ届けるともしびである。江戸の町では、花火とともに商いも祭りも活気づき、人々の顔に生きる力が戻っていった。
秋田県大仙市大曲の花火師、今野貴文さんが「異界に咲く花」を作った時のエピソード。その花火は、県外でも披露され、人々の心を揺さぶった。その後、1通の手紙が届く。「息子を亡くした私に、あの花火が『元気で咲いてるよ』と語りかけてくれた気がしました」。悲しみに沈んでいたその女性は、夜空に開いた大輪の花から、天にいるわが子の気配を感じ取った。
神々やご先祖様は、花火を見下ろし、地上で懸命に生きる私たちは、花火を見上げる。お互いの思いは、生きる力や癒しとなって、暮らしの中に静かに息づく。目に見えない思いこそが、真実である。花火には長い年月をかけて紡いだ人々の祈りが託され、今も大空を見上げる私たちの心と命を照らし続けてくれる。
(こうじ屋ウーマン・佐伯市)


